目で読むラジオ
音声の文字起こし
おはようございます
腹の底に眠る静かなファッションに
光をブランディングと自動化で売れる仕組みを作る
FREPPIESの奴です
えー今日はですねま閉塞感についてお話ししたいと思います
ええちょっとね
ビジネスとかそういったものとは関係はないんですけれども
まあでも自分の
あり方とか自分の価値観考え方みたいな
そういうものを元になってることと
ちょっとリンクする可能性があるのでえ
そういったこともあって閉塞感についてお話ししたいと思います
私ね常々日本のニュースとかを見ていてで
あのー国会の答弁とかってね
見たりとかしているとつくづく思うのが日本ってね
めちゃくちゃ遅れてるなっていうのを毎回思います
もう本当に遅れています
で感覚的に言うと三十年以上私はアメリカに留学したんですねえ
千九百九十
二年にアメリカに留学していたんですけれども
えーそこからもう約三十年え
もう当時アメリカでは当たり前のようになっていることが
今やっと日本でも話題に上がる議題に上がる
そんなね感じなんですよね
でもめちゃくちゃだから日本っていうのはまあ好きな所もね
素晴らしい
ところも日本ありますし
アメリカイズナンバーワンてもちろん思ってないし
全然アメリカにも闇とか問題を抱えている国だと思っています
けれどもえそれをねちょっと差し引いてもですね
日本っていうのは
めちゃくちゃ遅れているっていう風に思っています
例えばなんかあの子供を産まない夫婦は価値がないみたいな
なんかあとはブログの人たちに対して
子供あの何て言うのかなあのーま
マイナス発言をする政治家っているじゃないですか
でこの時点でもうめちゃくちゃ日本って遅れまくってる
その日本を動かすっていうかそういう立場にある人がですね
そういう発言しちゃうっていうのがもうね
もうこれ日本積んだな
みたいな感じに思っちゃうところがあるんですよね
で私まああの私個人的にですね
ものすごいこう
閉塞感のあるというかこう
親の支配みたいなものを親が絶対みたいなところで育ってきて
反発を覚えながら生きてきた人間なので余計ね
そういうことに敏感なんですけれども私は特にですね
あの嫌なんですよねそういうのが
あのー私はストレトなんですけれども
でもものすごいそういう偏見とかに対してすごくね
もう抵抗があります
あの私自身が
その親のねけ
新っていう立場で生きてきた半生っていうのがあるので
それに対する偏見とかねもうたくさんあったんですよ
あの何て言うんだろうなんかかわいそうって
言われるのすごい嫌だったしえー
だからこそ頑張ってやってきたってこともあるし
あとはその日本ってねえ
帰るの帰るみたいな感じのことを思ってる人って
やっぱりいるんですよね
そういうのって何で個人として見てくれないんだろうとか
偏見があるからこそ人前では喋りづらいとか
この心の内をね探すことができないとか
なんでその自分が選んだ条件ではないのにも関わらず
えーそういう風に人にね
勝手にジャッジされるだろうとか
なんでそのマイナスの人生を送らなきゃいけないんだろうとかね
ものすごいこう色んなこう葛藤の中で生きてきたってこと
もあってですね
私自身そのそういう偏見とかに対してものすごい抵抗があります
で私がその二年の時に留学していた先で
まあいろんなその異文化についてね
アメリカの文化と日本の文化の違いみたいなことのに関しても
講義があったわけです
でそこでえーとディベートとかま自分たちのそのえーと考え
みたいなものを発表するっていうね
そう発表してその発言して相手との意見を聞きながら
その自分の考えをこう論理立てて主張していくみたいな
そういったねあのー授業っていうのが結構あったんですよ
でその時によく話題
になったテーマになったのが
まその当時はエイズとそれからっていう
そういったものだったんですね
でもちろん私はあのそういった環境に育ったっていうこともあって
そういう偏見に対してえー私はその真っ向から反対だったし
リベラルな立場だったんですねリベラルもうあのー
自分のありたいように生きればいいじゃないかっていう
それからその例えば何だろう親の介護みたいなね
ピポみたいな感じで
あの親の介護についてのてまっていうのも
アメリカではよくね議論になりました
でアメリカは個人主義だし親はその何て言うんだろう
あの大学生の人達ってみんな大学に入るとね
日本の場合は
親がお金を用意してとかできない場合は奨学金で自分で行く
ってこともねあると思うんですけれどもまあアメリカもですね
あのほぼほぼ多くの学生は
親のえー支援であの大学に進学するっていうんじゃなくてえー
例えば一年目は親のサポトを受けるけれども
二年目以降はえー自分でアルバイトで賄ってで大学にっていう
そういったことがねまあ
普通なんですよ
で自分でお金を払うからこそ
自分の将来に直結するというか
役立つ学部とか役立つ学びができる大学を自分で選ぶっていうね
そういった文化っていうか
習慣が出来上がっているっていう印象を受けました
でえーその閉塞感についてなんですけどもに関して
もうえーまアメリカではですね
もう当時全然そのレズビアンとかゲイとか
ホモセクシャルに関する関するとか
そういう手間をえー題材にした映画なんて普通にあったしで
それをその問題定義にするっていうよりは
もう当たり前のようにそのゲイの
人が出てくる
その問題定義ではなくて
普通に出てくるっていう
そういう映画も存在しているぐらいな
そういう感じだったんですよね
だけど日本の場合ってやっとやっと今
そういうなんかこうダイバシティに対してこう尊重しましょう
みたいなそういうね
あの風潮が出てきたやっと出てきたなっていう感じがします
なんかあの昔はねっていうのは
そのゲイの人達っていうのは
まあのそれが分かるともう交番っていう時代のがあった
そうなんですよねなんか誰だったかな
なんか俳優さん女優さんかながまあのレスビアンだったのかな
でえーもう三十年以上前ですね
四十年ぐらい前になるかもしれないから
今はあのご存知の方いないかもしれませんけど
私もちょっと名前を思い出し思い出せないんだけれども
まそういう女優さんがですね
まあのレズビアンだってことが発覚してしまって
ええそれですぐ交番になっ
てしまったみたいなまそういう時代があったんですよ
まとしては今となったらそれはもうほの本当に負のま消したり
怪しされたい過去かもしれませんけれども
でも今はそんなことないじゃないですか
もうなんかそういう人たちも積極的にま紅白とかも出てるしえ
それからそのを
題材にしたドラマっていうのも取り上げてねやっていますし
だいぶねそういったことに対して
あのまだ共感とか理解とか
っていうのがいたら知っていないのかもしれませんけれども
社会が問題文し始めていてで
それからそのマイノリティの人達が声を上げ始めることによって
どんどんこう
社会が変わってきている
そういった過渡期かなっていう風に思うんですよね
でもそれだけにですね
その閉塞感っていうのが日本はもうものすごいおおきいおおきい
そういう社会だなっていう風に凄い思うんですよね
でえーまそれはなんていうんだろう
あの社会だけじゃなくて
個人個人もそういう偏見に満ちた人って
意外と意外と本当に多いですよね
でそれって例えば私は海外アメリカに行ったから
そういう風な学びがあったから
そういう理解が進んだっていうわけじゃないんだなって気が付いた
のが同じく例えば海外のオーストラリアとかね
アメリカとかいろんなところに留学されていたっていうね
留学したことがある
っていう人たちと話している中でもまそういう海外っていうのは
そういうブログの人達に対して結構もう進んでるじゃないですか
その受け入れというか理解っていうの
がそれにもかかわらずですよ
そういったその文化に触れていた人達にもうかかわらず
やっぱり偏見に満ちた言葉を
まあ会話の中で感じ取ることって出来るじゃないですか
やっぱり関係ないんだなと
そういうのは経験とは関係ないんだなと
やっぱりそれって自分の価値観
自分の価値観
から生まれてる言葉でしゃべってるんだな
っていう気がするんですよ
でその閉塞感というものが
唯一私が日本が生きづらいなぁ
っていう風に思っているところなんですよね
確かにあのま犯罪も少ないですしね
海外と比べるとお財宝としても帰ってくるし
とても暮らしやすいというか
治安がいいしま今のところ物価もインフレで上がってきてますけど
でもやっぱり海外と比べるとまた安いしって感じで
暮らし易い国ではあると思うんですよ
国民皆保険とかもあるしだけど
そのあのなんていうんだろうな
人と人との関係性とか
なんかうん人を想う気持ちみたいなものって
なんかこう偏見に満ちてるが故にやっぱり声に出せない人って
多いんだろうなっていうふうに思うんですよね
すごくそういう風に思いますま
でも今のところ何かよくドラマ
でも今里枝村っていう番組がやってるんですよね
リエゾンというのは
発達障害発達障害をテーマにしたドラマなんだけれども
それもやっぱりその発達障害の人たちのなんか
本当の苦労とか理解っていうのをしようっていう
そういう取り組みなのかなっていう風に思うんですけど
とてもいいなっていう風に私も思いながら見てるんですけれども
まあやっとねやっとこんな風に変わってきたなっていう気がします
それからえーと
親子の問題もや要約これも最近こう話題に出てきたなと
でもこれもね
インターネットの普及だからこそなのかなと思うんですよね
昔はインターネットなんてなかったからえー
例えばその窮地に合っている子どもっていうのは
自分の置かれてる環境がおかしいっていう事を気づく
そういったえーそういったメディアがなかったんですよね
本本ぐらいだったと思うんですけど
ほんだってそんなことって書いてないっていうかそういう
本なんて当時は存在してなかったと思うし
なんか難しい心理学みたいななんかこう
精神医学みたいな本にだったら持ってたかもしれませんけど
そういうのって
その窮地に合っている子どもが読む本じゃないじゃないですか
だから結局その家庭内の問題として
誰もこう気付かなかったみたいなところがあると思うんだけども
インターネットの普及によって子どもたちも自分で検索をしてで
自分が置かれてる環境がおかしいぞ
っていうことを築き始めているんで
まあまあ色んな問題が浮き彫りになって
社会もようやく動き出したかなっていう風に思うんだけれども
やっぱり相当くれてるなって感じるのはその大人の部分
大人の側ですかね
なんかえっと例えば
例えば以前ちょっとあの事件に起こる事件になった
何か柏でえーお父さんから虐待を受けて
亡くなったお子さんがいたんですよね
でそのお子さんが学校のアンケートで
お父さんから殴られているとか
いじめられていることで書いたのかな
で真っ先に先生がそれを気が付いてで実装に回したのかな
思想に回してで
それでその実装が家庭訪問をしたりした時にま父親が
こう異常はないとで問題はないっていうふうに言ってんでえー
子供も特にそのーまそのアンケートには助けてほしい
みたいなことを書いているけれども
まあ実際にその暴力をふるう父親がそばにいたら
怖くて喋れないじゃないですか
だからこう溜まってしまうとかで
その実装っていうのはそのー何ていうんだろう
親の権利が日本はすごく強いから
やっぱりこう親がこうなんかこう異常なしとかこう強く出てきたら
おじいさんは何もできない
みたいなそういった傾向ってあると思うんですよね
でこれもめちゃくちゃ遅れてると思っていて
日本ってめちゃくちゃ遅れていて
海外だと例えば私が聞いた話では
イギリスだと車に子供を五分間えーこう
あの五分間こう車の中にいてで
ちょっと買い物に車を止めて止めておいて
ちょっと五分間だけ買い物に店にね入ったっていう
だけでそれだけで子供の養育権を剥奪されてしまったっていう
そういった気州があったらしいんですよ
でそれって日本だとありえないですよね
あんまり聞かないですよね
そういう五分間だけえー子供を車に入れておいてで
お母さんが五分間だけちょっと近くのスパで買い物をしてくれって
結構ありがちじゃないですか
それがよくねほら日本でもパチンコのところでなんか炎天下の中
で何時間もって言ってなくなっちゃったって気す
それは別ですけどそんなのは最低のことですけど
でもちょっとお店の前に車置いといて
ちょっとね中高年取られないように子供をね
ちょっと中にちょっと待っててね
すぐ帰って来るからって言って二三分とか五分とか買い物を
済ませて帰ってくるってことあると思うんですよね
日本はだけどそういうのはま咎められることはない
まそこまではまいいんだけれども親の権利が強すぎるんですよね
日本の場合親の権利が強すぎるから
引き離すことができないんですよ
子供と親をでその人が関わっていた
にもかかわらず子供がなくなっちゃったっていうのは
結局その時早川に知識がなかった
そのお勉強はしてきたのかもしれないけど
リアルに知らないっていうことだと思うんですよ
リアルに知らないで何かそういうあのこう暴力をふるうとか
支配的な親に育てられた子どもっていう
のは生きるのに精一杯だから
あのその生きる術を探してるんですよね
常にで立ち回ってるんですよ
その生き延びるために本能で
でやっぱりその人が入ってきたとしても
この知らないおじさん
おばさんが本当に自分のことを助けてくれるだろうかって
初めて会った人に信頼なんてできない
じゃないですか
私やっぱりその親から洗脳されてる部分もあると思うから
親がいないと俺がいないと生きていけないんだから
なみたいなことを言われていたりとかすれば
やっぱりそういうのって恐怖心になったりとかして
あの何も問題ありませんとか子供って嘘つくんです
よ
館子供にとっても環境が変わるっていうことって
未知の世界だから怖いから
自分の今いる場所がコンフォートゾーンになってる訳ですよね
子供も自分の正しい判断なんかで
きっこしないっていう事実があるっていうことと
それから親っていうのはいくらでも嘘をつくとで
その現実を何で実装
が知らなかったのっていう
そういったことってまあ見てると本当に腹立たしいですよねえ
なんでそういう立場にある人が色んな勉強したりしてたりとか
なんかこうそういった実際の現場のヒアリングとかをしている中で
気が付かなかったんだろうってま色々まるるとか
法律とかいろんなことが
あってその時そうの人たちもかなり何て言うんだろう
色んな案件を一度に抱えていて
さばききれないとかそういった問題もね
現実として多分あるんだろうとは思うんだけれども
だけどその父親から恫喝されて
それで過ごすことを引き下がってくるみたいなのって
ちょっとありえ
ないなって思うんですよねっていうのはアメリカに行った時にね
その三十年前の状態ではですね
もうそれが分かった時点でそれを知った人その状況を知った人
例えば石であっても学校の先生であっても
近所の人であってもあこれは虐待されてるっていう風に感じたら
ですねすぐに通報しないと
その気付いたのに言わなかった人が罪になるらしいですよ
だからこそそういった問題がすぐにこう
あのーその的確なその期間に伝わっていく
それであの私のそのホストマザーっていうのが
そういった特別学級の先生だった
高校の先生だったってこともあって
そういう経験を何度かしてるらしいんですよね
子供がそこに通ってきてる子供が虐待に合っていて
でま体にあざを作ってくるとでこれは確実に虐待を受けてる
んで子供はその自分の今の環境からこう環境が変わるのが怖いから
いくらでも嘘を作ってことも承知の上なんですよね
でその上でですね
やっぱりあの報告をするわけです通告をするわけ通告っていうか
そのするわけですよね
警察なのか分からないですね時期かもしれないけど
分からないですけど
でそれで結果どうなったかって言うと
すぐにその父親と子供は引き離されてで
子供はそういった施設に預けられてで
その親子っていうのは
もう二度と会えないっていうことになるわけです
日本の場合はちょっと時間を上げて
なんか三年とか四年とか時間をかけて
開けてで母親
親がちょっと改心したとかってすると
また元に戻すみたいなことが何かあるらしいんですけど
海外の場合にはねそれがないらしいんですよね
ほぼほぼほぼほぼあのもうあの親子の件は円は切れると
でもそれそれがどんなにその時に子供に生まれ
恨まれようとしてもねえ
あとはあの子供にとっそれがベストだっていう
そういうまいろんなま研究とかいろんなあの学科学術論文とか
いろんな臨床とかそういったそのリサーチとかえー研究
の結果に基づいて出てきているそういった法律だと思うんですよ
アメリカの場合はで
それが日本ってないですよねないからめちゃくちゃ野放し状態で
今どれだけの子どもたちが何かこう見えない人からは知られてない
狭い空間でどれだけの思いをしてるのかなってなんか思っちゃ
いますよねなんかコロナ海になって
親がずっと家にいることによって
子どもがなんかこうあの閉塞感を感じたりとかつらくなっちゃって
で家に居たくないみたいな
子供たちがたくさんいるっていう風に報道されているし
めちゃくちゃその部分に関してめちゃくちゃ閉塞感がある国だよな
っていうのは唯一私が日本が嫌いなところです
他の所はね結構好きなんですけど
そのめちゃくちゃ遅れてるでそれってまあね
政治家筆頭にの人たちになんかこうね
あのひどい発言する政治家とかもいるぐらいなんで
まあそもそも国をこうになあのねリドしてる人たちがそういう
人たちがトップが要るわけなんで
なかなかねこれ難しいのかなと思うんだけどもまでもあのーね
別にその国を書いていくっていうのは
政治家だけじゃなくてもいいだろうなと
マスコミもちょっとね期待できなかったりとかするんで
やっぱり当事者の人たちが自分がマイノリティであるからといって
コソコソと隠れることなくですね
やっぱり堂々としていくってことですよね
で声を上げていくっていうことが大切なのかな
っていう風に思いますそうしないと変わっ
ていかないのかなっていう風にも思います
でえーそういうことがねあのー
まあ日本の場合はまあ
素晴らしい人たちも
もちろん素晴らしい人たちがたくさんいるっていう
そういった税前提での話ですよ
そんなまあすごい変なやつ
嫌なやつが蔓延ってるっていう風には思っていませんけど
素晴らしい人たちもたくさんいるっていうのが大前提
の話なんだけれども
一方でそういうね閉塞感がある
その偏見に満ちた人達がいるっていう
そういった現実の中で
私たちはどっちを選んでいくかってことですね
特にビジネスをしていく上でどっちを選んでいくか
どういう価値観を選んでいくか
そういうものを自分でこうかっこつけ
ではなくって
本当に本当に自分はどう思っているのか
っていうことを考えてですね
そうしておかないとあの日頃のですね発言にただ漏れるですよ
本当にこれはね
ダダ漏れる人間って嘘って覚えてられないので
やっぱり本心っていうのはどっかで出てきます
だから本当はね
なんかこうすごい偏見を持っているにもかかわらず
今なんかとかなんか相場シティとかって言われてるもんだから
その流行りに乗っとけみたいな感じで
何かいいことを言っていたとしてもですねどっかで出るんですよ
自分の本心っていうのはだからそこはきちんと自分の
その本心っていうものに向き合って
どういう価値観を持っているのかってことをね
あの掘り下げていったほうがいいですね
でもし自分がその何か偏見を持ってるとしたら
それを自分はそれで良しとするのか
それとも直したいと思うのか
直したいと思うんだったら改めたいと思う
んだったらそれをね
自分で気付いて改めていくっていう行動に移したほうがいいし
そうじゃなくてそれがそのなんかこう
私からすると偏見って見えるけども
その人にとってはそれが偏見ではなくて
それが何か哲学だったりするかもしれないじゃないですか
でそしたらそういう人はですね
かっこつけて表面上は嘘つかないで
本当にそうしていけないよってことです
本当にそうやって本心でそう思ってるのはそうしていけないよ
どうせ潰れて行くからってことなんですよ
そのなんかこう潰れるのが怖いから表面上を作っていてね
いいことばっかり言ってたって
結局そういうのってダダ漏れるから本当の感情っていうのは
だからちゃんと
それって自分で堂々と思ってるんだったら
やっていけないよって話ですよね
だからあなたがどういう人でありたいか
どういう人と付き合っていきたいか
それってビジネスでも本当に関わってくる事なんで表面上ね
作ろっていたところで本当のあなたがそうじゃなかったら
それがぽろっと出た時にえーせっかくそれで信じていた
人たちっていうのはあの信用できなく
信用がもう歩くずれになります
裏切られたっていうふうに思って
もうあなたのことを信用しなくなる
でまあ自分の哲学だって自分の信念だって思うんだったら
それあの主張したらいいんじゃないですかっていう話ですね
まいろんな考え方が世の中にはあるし価値観っていうのもあるし
こうじゃなきゃいけないっていうのは
私は決められるものじゃないと思っているので
それはなんか相容れない価値観なんだろうなと思うからま
一緒に何かやっていくとかなんかね
価値観が後から反対な人達と一緒に
いたところでお互いが不幸になるわけなんでまあね
そういうのは全てが一つになるっていうことはありえないからね
だからどういう人と付き合っていきたいのか
どういう人たちとどういう世界をつくりたいのかっていうことを
この私たち自身が自分で決めておかないとえー自分との
全く違う価値観の人と接することになると
いろいろとなんかあの精神的に苦痛になったり
疲弊したりっていうことが出てくるので
自分がどういう価値観を持っているのかっていうところを
ま色んな側面から深掘りしてで
考えてほしいなっていう風に思いますはい以上はこんな話でし
た日本は閉塞感に満ちている国だねっていう話でした
そこからちょっとビジネスにえー
なんかこうつなげていったわけですけども
はい今日も良い一日をお過ごしください
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